世異則事異

大学院生 読んだ文献のメモとか

LGBTは暴力被害を受けやすい

Flores, A. R., L. Langton, I. H. Meyer, and A. P. Pomero, 2020, "Victimization rates and traits of sexual and gender minorities in the United States: Results from the National Crime Victimization Survey, 2017", Science Advancesm 6(40).(https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aba6910)

 

アブストラクトの和訳:

 合衆国における性的・ジェンダーマイノリティ(SGMs)は、シスジェンダーヘテロセクシャルの人々と比べて、不相応な割合で犯罪被害に遭っているのだろうか? この問いに答えることは今まで困難だった。というのも、全国の代表的な犯罪被害データは、被害者の性的指向ジェンダーアイデンティティを含んでこなかったからだ。犯罪被害についての代表的な情報に関する国の主要な情報源である全国犯罪被害調査は、2016年から性的指向ジェンダーアイデンティティを記録し始めており、2019年にはそうしたデータを初めて公開した。SGMsが様々な種類の犯罪にわたり、不相応な割合で被害者になっているということが見いだされる。SGMsが暴力被害にあう割合は1000人あたり71.1人であり、一方SGMsでない人々の場合は1000人あたり19.2人である。SGMsは、SGMsでない人々と比べて2.7倍の確率で暴力犯罪の被害者になりやすい。こうした発見は、被害者化と介入において性的指向ジェンダーアイデンティティをさらに考慮することが重要であると提起する。

 

 HRWの記事なんかは、アメリカにおいて「トランスジェンダーの人々に対する暴力が増加している」と断言したりしている。でも、その記事も言ってるように、実際のところ暴力被害者のジェンダーセクシャリティは記録されないことも多いらしい。だから、本当にLGBTへの暴力が増加しているかどうかを統計的に把握することはなかなか難しい。「とりわけ黒人やラテン系のトランスに対する暴力の増加が深刻だ」とかいうのも、実のところ思い込みだったりするかもしれない。本当に増加してるのか、本当に黒人の被害がとりわけ多いのだろうか?

 でも、使えるデータが全くないというわけでもないらしい。この論文は、アメリカの全国犯罪被害者調査(National Crime Victimization Survey)とかいうデータを使って、LGBTが犯罪被害を受ける頻度はストレートの人々に比べてどれだけ高いのか、などのことを検証したもの。この調査自体は1973年からあるらしいが、アブストラクトにある通り、犯罪被害者のエスニシティ・人種やセクシャリティジェンダーを記録し始めたのはごく最近のことだ。この論文が扱ったのは2017年のデータ。サンプルサイズは、SGMでない女性が110,627人、SGMでない男性が97,170人、レズビアンが1206人、ゲイが1450人、バイセクシャルの女性が941人、バイセクシャルの男性が301人、そしてトランスジェンダーの人々が194人。つまり非SGMが95%ぐらいを占めているわけだが、世界各国におけるLGBT該当者の割合は3~6%というし*1、まあ割合としてはこんなもんだろう。ただ、SGMの方のサンプルサイズが小さいかもっていう懸念は著者たちも示している。

 それで結果はどうかというと、アブストラクトにある通り、確かにSGMの人々は非SGMの人々よりも犯罪被害を受ける可能性がかなり高い。例えば、レイプ被害の件数だと、非SGMの場合は1000人あたり1.3人なのに対し、SGMの場合は1000人あたり13.1人だった(13倍!)。もっとも、著者たちはエスニシティや人種のことについてはあまり考察していない。サンプルサイズがかなり小さくなってしまうからだという。だから、HRWの記者たちが言うように黒人トランス女性への暴力がとりわけ深刻だとかいったことは、まだ検証できていないようだ。

 それと、このデータセットジェンダーなどを扱い始めたのは最近のことなんで、結局、SGMに対する暴力が増加しているのかどうかは分からない。アメリカでは最近になって暴力犯罪自体がまた増え始めているから(下図は殺人件数の推移)、マイノリティに対する暴力もそれと同じぐらいかそれ以上の割合で増えていてもおかしくはないけど、マイノリティへの理解が進んだことでむしろ減っている可能性も大いにある。この論文は2017年のデータに関するものだが、その後はどうなったのだろうか?

各国における殺人の件数
出典:Our World in Data(https://ourworldindata.org/homicides

 まあとにかく、こんな感じで犯罪被害に関するデータが充実し始めているのはいいことだし、アメリカみたいにやたら暴力的な社会ならなおさら必要だろう。アメリカの場合は、差別というか暴力そのものを減らす努力をした方がいいような気がするけど・・・。

*1:森永貴彦,2018,『LGBTを知る』日経文庫,p. 28.