高島善哉,[1954]1964,『社会科学入門──新しい国民の見方考え方』岩波書店[岩波新書].
社会科学が国民のものとなるためには、私たち日本の社会科学者はもっと苦労してみなければならない。そのために私は社会科学のこれからの行き方として国民の社会科学という考え方をとった。それはこれからの日本国民の教養にとってなくてはならない社会科学という意味をもっていると同時に、新しい日本国民の育成のために役立つべき科学という意味をもっている。科学といえば自然科学のことだと思う時代はすぎた。社会科学こそ新しい日本国民の科学とならなければならない。私は本書が教養を求めるすべての日本国民によって読まれることを希望したい(p. ii)。
敗戦後、おそらくまだ教養への情熱があったであろう1954年に書かれた本書は、上記のような素晴らしい意図のもと書かれたらしい。体制・階級・民族といった重要問題の分析が社会科学の関心ごとであることを踏まえ(第二章)、社会科学が近代ヨーロッパで市民社会と資本主義への反省・批判として台頭してきたことを論じる(第三章・第四章)。日本の文脈で社会科学がいかに重要か論じる──「体制と階級と民族とを統一的につかむことを教える」学問こそが、著者のいう「国民の社会科学」であり、それこそ「新しい日本国民の誕生」のために必要である、という*1(第五章)。
印象深いのは、当時の知識人としては珍しいことでもなかっただろうが、著者が露骨に社会主義の立場を示していることだ*2。例えば、社会主義を単なるイデオロギーではなく、社会科学の一分野として堂々と扱っている。それに、社会主義諸国にも問題はあるけど概ね資本主義諸国より上手くやっている、というような書きぶりもある*3。まあ、本書が出たのは「スターリン批判」以前のことだし、「地上の楽園」への帰還事業が1959年に始まったこと──またそれを日本の左派エリートの多くが賞賛していたこと──を思えば、本書の見通しの甘さを批判しても仕方ないだろう。とはいえこの辺の時代遅れな記述は、本書が絶版になった理由の一つなのだろうなという気もした(僕が図書館で借りたのは1972年の第25刷で、かつては広く読まれた本のようだが、今では絶版。同じく古い岩波新書の本でも大塚久雄や内田義彦の本はいまだに本屋に並んでいる)。
とはいえ、そもそもどうして社会科学が重要なのかという点を大真面目に語る本書のような姿勢は、巡り巡って再び重要になってきているのではないかという気もする。もちろん敗戦後と現在では状況がまるで違う。でも、政権の思いつきで研究予算がカットされたりといったことは日本でも起きたりするかもしれないわけで、いまどき社会科学に対する世の中の評判はあまり良いものではない。科学への健全ないし不健全な懐疑が強くなってきたことを思うと、むしろ社会科学の置かれる立場はさらに厳しくなっているのかもしれない。だから、社会科学者は自分たちの仕事を正当化していかないといけないんじゃないかな、と最近思っているのだけど、偉い先生たちはそういう話ってあまりしたがらない気がする(少なくとも社会学では)。そういう意味では、著者の意気込みには好感が持てる。著者による次のような記述が西洋中心的なうえ社会主義的で古臭く見えるにしても、その健全な精神は評価されるべきだと思う:
市民革命は人間を絶対主義の桎梏から解放した。しかし資本主義の発展は、解放された人間を再び自己分裂と人間性喪失の危機のまえに立たせた。いかにして人間は再び救済されうるだろうか。この問題にたいする解答はけっして一つではないであろうが、現代の社会科学者はこれを社会科学的ヒューマニズムの道に見出そうとするのである(p. 178)。
おまけ:巻末には「社会科学の代表作一〇〇点」として各分野の文献リストが挙げられているが、そこでも「社会主義」が独立の分野として設けられている。その一〇〇点というのは以下の通り(著者名と著作名の表記は一部変えた):
1.【政治学】
マキアヴェリ『君主論』(1532)
ボダン『共和国についての六扁』(1576)
ホッブズ『リヴァイアサン』(1651)
ロック『統治二論』(1690)
モンテスキュー『法の精神』(1748)
ルソー『人間不平等起源論』(1755)
ルソー『社会契約論』(1762)
ペイン『人間の諸権利』(1791)
トクヴィル『アメリカのデモクラシー』(1835-40)
マルクス、エンゲルス『共産党宣言』(1848)
ブルンチュリ『近代国家論』(1852-75)
ミル『代議制統治論』(1861)
バジョット『イギリス国制論』(1867)
ウェッブ夫妻『労働組合運動の歴史』(1894)
レーニン『国家と革命』(1917)
ラスキ『政治学大綱』(1925)
2.【法学】
グロティウス『戦争および平和の法』(1625)
モンテスキュー『法の精神』(1748)
ベッカリーア『犯罪と刑罰』(1764)
ベンサム『道徳および律法の諸原理序説』(1789)
サヴィニー『現代ローマ法体系』(1840-49)
メーン『古代法』(1861)
ギールケ『ドイツ団体法』(1868-1913)
イェーリング『権利のための闘争』(1872)
イェリネック『一般国家学』(1900)
ダイシー『19世紀イギリスにおける法と世論の関係についての諸講義』(1905)
デュギー『法と国家』(1917-18)
ヴィノグラードフ『法学入門』[原題『歴史法学概説』](1920-22)
パウンド『法と道徳』(1924)
ラートブルフ『法哲学』(1932)
3.【経済学】
ケネー『経済表』(1758、60、66)
スミス『国富論[諸国民の富]』(1776)
マルサス『人口論』(1798)
リカード『経済学および課税の原理』(1817)
シスモンディ『経済学新原理』(1819)
リスト『政治経済学の国民的体系』(1841)
ミル『経済学原理』(1848)
マルクス『資本論』(1867-94)
メンガー『国民経済学原理』(1871)
ワルラス『純粋経済学要論』(1874)
マーシャル『経済学原理』(1890)
マルクス『剰余価値学説史』(1905-10)
シュンペーター『理論経済学の本質と主要内容』(1908)
ヒルファーディング『金融資本論』(1910)
レーニン『帝国主義』(1916)
ピグー『厚生経済学』(1920)
ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936)
4.【歴史学】
モンテスキュー『法の精神』(1748)
ヒューム『イングランド史』(1754-57)
ヴォルテール『歴史の哲学』(1765)
メーザー『オスナブリュック史』(1768)
ギボン『ローマ帝国衰亡史』(1776-87)
ニーブール『ローマ史』(1811-32)
ギゾー『ヨーロッパ文明史』(1828)
ランケ『世界史概観』[原題:『近世史の諸時期について』](1854)
モムゼン『ローマ史』(1854-85)
ラムプレヒト『ドイツ史』(1891-1909)
ピレンヌ『ベルギーの歴史』(1900-32)
ドープシュ『ヨーロッパ文化発展の経済的および社会的基礎』(1918-20)
クーランジュ『古代フランスの政治諸制度の歴史』(1923-24)
トインビー『歴史の研究』(1933-39)
マイネッケ『歴史主義の成立』(1936)
ロストフツェフ『ヘレニズム世界の経済的および社会的歴史』(1941)
5.【社会学】
ヘーゲル『法の哲学』(1821)
コント『実証哲学講義』(1830*4)
スペンサー『社会学原理』(1876-96)
ウォード『動態社会学』(1883)
テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887)
タルド『模倣の法則』(1890)
ギディングス『社会学原理』(1896)
サムナー『習俗』(1907)
デュルケム『宗教生活の原初形態』(1912)
ゾンバルト『近代資本主義』(1916-27)
ジンメル『社会学の根本問題』(1916-27)
マッキーバー『コミュニティ』(1917)
ホブハウス『国家の形而上学的理論』(1918)
デューイ『人間性と行為』(1922)
ヴェーバー『経済と社会』(1922)
マンハイム『イデオロギーとユートピア』(1929)
6.【教育学】
ロック『教育論』(1693)
ルソー『エミール』(1762)
ペスタロッチ『リーンハルトとゲルトルート』(1781-87)
ヘルバルト『一般教育学』(1806)
フレーベル『人間教育』(1826)
デューイ『民主主義と教育』(1916)
マカレンコ(家庭と子供の教育』(1949)
7.【社会主義】
フーリエ『四運動の理論』(1808)
オーウェン『新社会観』[原題はA New View of Society](1813)
サン=シモン『産業者の政治的教理問答』(1823-24)
プルードン『財産とは何か』(1840-41)
マルクス、エンゲルス『共産党宣言』(1848)
ラッサール『労働者綱領』(1862)
マルクス『資本論』(1867-94)
エンゲルス『反デューリング論』(1877-78)
ベーベル『婦人と社会主義』[邦題は『婦人論』](1879)
エンゲルス『家族、私有財産および国家の起源』(1884)
ショーほか『フェビアン社会主義論集』(1889)
ベルンシュタイン『社会主義の前提と社会民主党の任務』(1899)
カウツキー『農業問題』(1899)
レーニン『ロシアにおける資本主義の発展』(1899)
ソレル『暴力論』(1908)
レーニン『帝国主義』(1916)
レーニン『国家と革命』(1917)
スターリン『レーニン主義の諸問題』(1926)
毛沢東『新民主主義論』(1940)
スターリン『ソ連における社会主義の経済的諸問題』(1952)
社会学の文献リストは、著者名ぐらいは流石に全部知っていたが、ウォードとかギディングスとかの本は未だに読んだことがない。コントについても『世界の名著』に収録されていた論文を読んだだけで、『実証哲学講義』はハリエット・マルティノーの英訳(実際は抄訳)版を斜め読みしたぐらい。そういうマイナーな古典にも興味はあるんだけど、邦訳がすごく古かったりでどうもアクセスしにくいんだよねー。あと、ヘーゲルの『法哲学』を社会学の文献と言われるとすっごく違和感がある。ただし、大陸ヨーロッパの側ではあの本が社会学の発展の下地になったと言われるし(富永健一『現代の社会科学者』)、社会学的にも読みどころがないわけではないんだろう。
それ以外の法学とか歴史学とか教育学は、正直名前も知らない人がいっぱいいた。中には邦訳も出たことのないような著者もいるっぽい。あと、社会主義の文献に関しては、スターリンの著作は今となってはアクセスが困難だよなあと思ったのと……金日成が出てこなくて少しほっとした。