世異則事異

読んだ文献の感想・ニュースのクリップ・考えたことの覚え書き等

ドストエフスキーの見たブルジョア的秩序

 出典も真偽もよくわからないが、1862年にロンドンを訪れたドストエフスキーは次のように書いたらしい:

 

 一見したところ無秩序に見えるが、実のところ最高度にブルジョア的な秩序*1。

 

どういう意図でこのくだりが書かれたか知らないけど、Bermanはこれをマルクス主義の立場から好意的に引用している。

 19世紀半ばごろのロンドンといえば、エンゲルスの名著『イギリスにおける労働者階級の状態』で描かれた悲惨な状態が思い出される(あの本はマンチェスターも扱っていたけど)。あの本の記述を読んでると、当時の都市に住んでいれば、良心のある人間なら──社会主義者になるかはさておき──多少なりとも資本制社会に批判的にならざるを得なかったのではないかという気がしてくる。

 

余談:個人的に、ドストエフスキーなら『地下室の手記』が一番好きだ(大学に入ったばかりの頃に読んだから記憶に残っているというのもありそうだが)。

*1:Berman, Marshall, [1982]1988, All That Is Solid Melts Into Air: The Experience of Modernity, New York: Penguin, p. 88.からの引用。原文はたぶんロシア語なのだろうが、Bermanの本に載ってる英訳は"that apparent disorder that is in actuality the highest degree of bourgeois order."

国家は組織か

 今日の研究会で、「国家は組織か?」という点が議論になった。これは政治社会学における基本的な(だが意外に言及されない)論点なので、少し覚書きをしておこう。僕の立場はというと、社会学や政治学の文献においては、国家(state)は統治や支配を行う政治的組織だと言える、というものだ。それが唯一可能な立場というわけではないだろうが、社会学界では多分それが主流だし、別に逆らう理由もないと思っている。

 日本語だと、国家という語は英語でいうnationの意味とstateの意味の両方を含みうるのだけど、その歴史的な経緯はよくわからない。国家という語は古代の文献において既に見られるが、『日本書紀』に出てくる「国家」は「ミカド」と読む箇所が1/3を占めるらしい*1。「ミカド」(帝、天皇)はもちろん最高権力者であり、支配者のことではあれ、非支配者を含むことはない。古代の国家は、仮にstateではあれ、とりあえずnationやpeopleではないわけだ。ところが、明治時代にもなるとずいぶん違ってきていて、「家族国家観」では日本全体が天皇を家父長とする家族共同体だと唱えられた、というのは周知のとおり。そういう考え方をある程度引きずりつつ、北一輝はこう書いている:

 

 日本は建國精神觀より現代國民思想の凡てに於て日本帝國を契約によりて組織したる者と一考せしことも無し。

 日本國民の國家觀は國家は有機的不可分なる一大家族なりと云う近代の社會有機體說を深遠博大なる哲學的思索と宗敎的信仰とにより發現せしめたる古來一貫の信念なり*2。

 

これは極端だが、明治より前からも国家はしばしば統治機構より広い社会全体を意味していたのかもしれないし、それは今でも同様だと思う。例えば、Acemoglu and RobinsonのWhy Nations Failも、邦訳のタイトルは『国家はなぜ衰退するのか』で出ている(これはnationという語の訳し方が難しいせいでもあるのだけど)。国家という語は今でも「国民」や「社会」との区別があいまいなまま用いられているように思われる。

 英語のstateとかドイツ語のstaatにおいてもある程度似たようなことが言えるかもしれない。僕は詳しくないが、例えばヘーゲルなどにおいても、staatはある種の有機体というか全体社会のように見なされている気がする。マイネッケ『近代史における国家理性の理念』とかでもそういうことが議論されていたと思う(が、細かい話は忘れた)。どうも国家という語は、しばしば「統治する機関」と「統治される人々」の両方の意味を持ってしまいがちらしい。

 

 通俗的な語法がどうであれ、社会学や政治学では国家をもっと厳密に定義しなければならない。ギデンズは、国家概念に関する上記のような混同を回避するために「国家装置」という言い方を用いていることがある。

 

 「国家」[state]という用語は日常言語では二つの意味をもつが、こうした両義性は、社会理論をとりわけ悩ます類のものではない。「国家」は、統治なり権力の装置を意味する場合もあれば、そうした統治や権力に従属する包括的社会システムを意味する場合もある。この二つの語法はほとんどの脈絡で混同されることはないが、混同される場合には、両者の間に用語上の区別を設けておく必要がある。したがって、統治のための行政機関を意味する場合には「国家装置」という用語を、包括的社会システムを意味する場合には「社会」ないし「文化」という用語を私は用いたい*3。

 

 社会学や政治学で国家という場合、ギデンズがいう「国家装置」の方を意味することが多い。そうした国家の定義の出発点となるのは、ヴェーバーによる定義だ:

 

 強制力をもち継続的に作動する政治的組織は、その行政スタッフが、その命令の施行において物理的強制力の〈正当な〉使用の〈独占〉を首尾よく要求し続けることができる限りにおいて、「国家」と呼ばれる*4。

 

 この定義にいろいろケチをつけることはできるかもしれない(正当な暴力行使を全く独占できていないように見える失敗国家はどう考えればいいのか、など)。でも、出発点として有用と見なされているのは間違いないし、ティリーやスコッチポルといった歴史社会学者においても、ヴェーバーの定義は概ね踏襲されているように思われる(マイケル・マンはもうすこし捻くれた議論をしているが)。ティリーの定義は次のようなもの:

 

有限の領域を占拠する人口を制御する組織は、以下の条件下において国家と呼ばれる:(1)同じ領域において作動するその他の諸組織と区別される;(2)自律的である;(3)中央集権化している;(4)その諸部分が、互いに形式的に調整されている*5。

 

 ギデンズも、国家の定義に関してはヴェーバーとだいたい同じ。

 

 国家とは、その法的支配が領土面で整然と確立され、支配維持のために暴力手段を発揮することが可能な政治的組織である、と定義づけできる。このような定義は、ヴェーバーの定義に近いが、暴力手段を独占する権利主張や支配の正当性という要素をとくに強調していない*6。

 

めんどくさいので引用しないが、国家をある種の組織だとか機構だとか見なすのは、別にヴェーバー派だけではない。MacIverの国家理論においても同様に、国家(State)はある種のアソシエーションと見なされていたと思う。

 ともかく、政治社会学や歴史社会学の主流においては、国家は政治的組織だということが前提になっている。これは確かに日本における一般的な語法とは必ずしも合致しないので、こういう事情を踏まえていないと政治社会学の文献は読みづらい(ギデンズみたいに親切な書き方をしてくれている著者はほとんどいない)。上の引用で、ギデンズはstateの二つの語法に混同の余地はほとんどないと言っているが、日本語ではそれがけっこうあると思う。

*1:芳賀登,1987,『国家概念と古代国家』雄山閣出版,p. 113.

*2:芳賀登,1987,『国家概念と古代国家』雄山閣出版,p.26 からの孫引き

*3:ギデンズ,アンソニー, 1999,『国民国家と暴力』而立書房, pp.26-27.

*4:Weber, Max, 1978, Economy and Society, Berkeley: University of California Press, p. 54.

*5:Tilly, Charles, "Reflections on The History of European State-Making," Charles Tilly ed., The Formation of National States in Western Europe, Princeton: Princeton University Press, p. 70.

*6:『国民国家と暴力』, p. 30.ギデンズはこの引用部分に続いて、ヘーゲル以来の「市民社会」という概念、つまり「国家」の外部という意味での市民社会という概念は、現代では役に立たないと論じている。ギデンズの見るところ、もはや「国家による吸収を引きつづき免れる」ような領域は存在しないからだ。僕はこれに賛同しないし、市民社会のアクターが国家に「吸収されている」というのがどういう状態を指すのかもはっきりしない。国家と市民社会との関係という面では、マンの方がもっとうなく理論化できているように思われる。佐藤成基,2006,「国家の檻──マイケル・マンの国家論に関する若干の考察」『社会志林』53(2): 19-40.はマンの国家理論のレビューで、参考になる。

Djelic「伝播の社会学的研究」

Djelic, Marie-Laure, 2008, "Sociologial studies of diffusion: is history relevant?" Socio-Economic Review, 6(3): 538-557.

 

 社会学における伝播(diffusion)理論のレビュー。著者はハーバードで博士号を取ったフランス人の社会学者で、今はシアンス=ポで教えているらしい(結婚で変わったのか、現在はSallesという姓だ)。「歴史は重要か?」という副題がついているのは、「歴史はどのように重要であるか」というシンポジウムで提出された論考であるためのようだが、その他の論考を読んでいないのでつながりはよく分かっていない。

 

 著者によれば、様々な文脈における観念や形式の類似性(収斂)を説明する理論には大きく分けて二つある。一つは近代化理論で、もう一つは伝播理論だ。

 

■近代化論

 近代化論*1によれば、異なる諸文脈において似たような形式や観念が見られるのは、そうしたものの導入を促す圧力があるからだ。例えば、経済成長や識字率の上昇が起きると人々が民主的な価値観に目覚めて民主化する、といった議論が近代化論だろう。それぞれの文脈で生じる同じような圧力(往々にしてそれは経済的・技術的なものである)を踏まえれば、云々の観念や制度を取り入れることが最適解だということだ。

 著者によれば、近代化論の特徴は以下の四つである。

(1)変化を経験する対象(制度とか組織とか)は、すべて独立したものとして扱われる。だから例えば、アメリカで起きた諸々の発展がほかの国々における発展に影響を及ぼすとかいったことは考慮されない。

(2)そうした対象の歴史的背景は考慮されない。細かい文脈を超えた法則のようなものが追及される。

(3)個人やネットワークの果たす役割は軽視される。諸々の変化は構造的な圧力の所産であり、諸個人は精々その変化を媒介するものとしかみなされない。

(4)完全な収斂を前提とする。同じ圧力(インプット)があれば同じ形式や観念の導入(アウトプット)に帰結するはずだからである。

 

■伝播理論

 タルドや新制度主義者たちの伝播理論は、大きく異なる考え方をする。異なる諸文脈において観念や形式の類似性が見られるのは、それぞれの文脈間において伝播が起きているからなのだ。伝播は、交通やメディアの発達によりコミュニケーションの密度が上昇すると、より起きやすくなるだろうし、それだけ諸社会間の類似性も上昇する。

 著者によれば、伝播理論の特徴は以下の四つである:

(1)諸々の対象というより、むしろそれらの間の「つながり」の方が重視される。したがって、諸事例間の「比較」だけでなく、諸事例間の相互作用についても考えなければならない。(例えば、イギリスと日本の近代化過程を比較するというとき、イギリスで発展してきた制度や思想が日本の近代化にどう影響したのかという観点も重要になる)。

(2)各々の対象がおかれた歴史的文脈が重要視される。模倣が起きる条件に関心があるからである。タルドは既に、「イデオロギーや制度について、その歴史をたどることによって説明する」ことを推奨していた。

(3)アクターやネットワークを軽視しない。ある観念や形式の普及を促進する人もいれば、積極的に模倣する人、それを変形しようとする人、あるいは拒絶する人もいる。(この辺の記述はわかりにくいが、そうした行為の動機に焦点を当てることもできる、という意味だろう)

(4)近代化論ほど完全な収斂を前提とはしていない。ある制度が模倣されるというとき、何らかの解釈が混ぜられ、模倣の元とは異なった形で定着することもあり得る。これはANT派*2のいう「翻訳(translation)」だが、タルドもそのことに気づいていて、次のように書いている:「ある人種・国民から他の人種・国民へと行き渡るにつれて、模倣は変容するものである」。

 

 著者は伝播理論を三つに分けている。①疫学的伝播論、②埋め込み性重視の伝播論、③調停・構築としての伝播論である。

 

①疫学的伝播論

 社会現象の伝播を、インフルエンザの流行と同じように分析する立場である。これは組織論でよく見られるもので、Hannan and Freeman(1977)やMeyer and Rowan(1977)を理論的背景に持つ*3。経験的研究として取り上げられているのはTolbert and Zucker(1983)の名論文と、David Bachという経営学者の研究(インサイダー取引の規制の世界的普及に関する研究らしい)。こっちは組織論や世界社会理論の文献ではおなじみの考え方だ。

 

②埋め込み性との遭遇としての伝播(Diffusion as encounter with embeddedness)

 節題はわかりにくいが、要するに伝播してくる形式や観念と現地の文脈との関係に注目する立場。疫学的アプローチと異なるのは、(定量的に把握できる)伝播のパターンというより、むしろ具体的な受容のされ方に焦点を当てるところにあるらしい(ということは、質的あるいは歴史的研究の方が多くなるのかもしれない)。ここで紹介されているのは、著者自身の研究に加えて、Eleanor Westneyという人の明治日本における組織モデルに関する研究だ。いずれも、アメリカや西欧から伝播してくるモデルが、伝播の過程でいかに変容するのかを分析しているらしい。

 

③調停あるいは構築としての伝播

 ②と大差ないように思うのだが、これは伝播の過程における「創造」に力点を置く。伝播の中で全く新しい観念や制度が生じてくることに注目するらしい。

 著者はこれに関連して、(「経路依存性」に代えて)経路生成(path generation)という概念を提示している。アクターは歴史的・制度的文脈に左右されるのみならず、自ら新しい文脈を創り出しもするということなのだろう。

 

 後は、伝播の研究にはニーチェ=フーコー的な系譜学的アプローチが必要である、みたいな話をして終わり。確かに、〇〇の伝播について論じるというとき、その〇〇自体は最初どこでどうやって生じたのさ、と問うてみることは重要だろう。そんなのは誰でも思いつきそうなことではある。でも確かに、例えば世界社会理論の文献なんかでは、リベラルな観念や制度の普及について論じられる一方で、それらの起源についてはあまり論じられなかったりする。だからこの文脈では、大げさに系譜学的アプローチとか言ってみることも意味があるのかもしれない(なにしろ、デュルケムは社会学を「制度の発生と機能の科学」と呼んでいたのだ)。

 

 近代化論に対する手短なレビューがかなりいい加減なのは、本題ではないので仕方ない(Eisenstadt以降のより洗練された近代化論なら上記の批判の多くを免れているだろう*4)。伝播理論のレビューの方については、②と③をわざわざ区別する必要があるのかと思ったが、ともかくそれらが新制度主義とはやや毛色の違った伝播理論の系譜として認識されている、ということが分かったのは収穫。②や③においては、たぶん(①よりも)伝播に関わるアクターの動機や利害関心といったものが重視されるわけだから、「伝播」というよりも(タルドと同じく)「模倣」という語を使った方がいいのかもしれない。伝播するというのは制度や観念にくっつく述語で、模倣するというのはアクターにくっつく述語だからだ。伝播の過程は、アクターの観点からいえば模倣(ないしは拒絶)の過程である。

*1:この論文のテーマは伝播理論の方なので、近代化論の方のレビューはごく手短なものだ。ここで代表例として取り上げられている近代化論の文献はロストウ『経済成長の諸段階』(1960)、スペンサー『社会静学』(1851)、大前研一『ボーダレス・ワールド』(1990)、フリードマン『レクサスとオリーブの木』(2000)。いずれも、今では批判対象として名前を見ることの方が多いような面々だ。スペンサーやロストウはまだ批判的に読む価値があるとしても、大前やフリードマンなんかはちょっと格が下がる感じがする。近代化論の代表例というなら、もうちょっと洗練された文献を取り上げた方がフェアであるように思われる(例えば、価値観の近代化ならイングルハートとかがある)。

*2:有名なのは、Czarniawska and Jorges 1996など。このあたりの議論は便利である一方で、別にANTでなくてもできる話じゃないのという気もする(それゆえ受け入れやすいのだけれども)。

*3:Elihu KatzとかJames Colemanの古典的なネットワーク論の伝播研究も疫学的伝播論ということになるのだろうか。

*4:そういえば、「ある機能を担う構造は複数ありうる」というルーマンの話は、近代化論と関連して議論されたりしているのだろうか。私はルーマンについて全然詳しくないのでわからないが、所与の機能を満たすのに適した構造の選択肢は複数あるのだとすれば、最適解は一つに決まらず、諸社会の構造が収斂するとは限らないという話になりそうだ。

EU司法裁判所がハンガリーの反LGBT法を批判

Human Rights Watch, 2026, "Hungary: Top EU Court Rules Anti-LGBT Law Unlawful." (https://www.hrw.org/news/2026/04/22/hungary-top-eu-court-rules-anti-lgbt-law-unlawful)

 

 オルバーン時代に(特に2021年頃から)できたいわゆる反LGBT法とそれに基づく政策が、「EU法に反するもの」だという判決が、EU司法裁判所で出されたらしい。ハンガリー政治に詳しくないので何とも言えないけど、こういうEUからの圧力の影響で一連の政策が撤回されるのかもしれない。

 ただ、思い出す必要があるのは、2020年以前のハンガリーにおけるLGBTの権利の発展が、そもそもEUに入ることの影響により生じてきていたということだ。つまり、EU加盟国ならそれなりにリベラルな法制度を持つべき、という圧力があり、それによって変化が生じてきたのだった。これは新制度主義でいうnormative isomorphism(DiMaggio and Powell 1983)によって起きた変化なので、(オランダなんかの場合とは違って)国内におけるLGBTへの寛容な態度の形成により生じた現象ではない、とみなされている*1。確かに、世界価値観調査のデータを見てみれば、ハンガリー国民は同性愛者に対して西欧諸国の人々ほど寛容ではなく、国内には法制度のリベラル化の下地はあまりなかった(価値観のデータはグラフをつくるのがめんどくさいので省略)。だから、下記のグラフのように西欧・北欧諸国から数年遅れた形で発展してきたわけだ──もちろん、このグラフの続きを書くなら、2021年以降のハンガリーはかなり落ちることになる。

 

 

*1:「EU効果」についての文献:古いがBell, Mark, 1998, “Sexual Orientation and Anti-Discrimination Policy: The European Community,”  Terrell Carver, and Veronique Mottier (eds.,) Politics of Sexuality: Identity, Gender, Citizenship, London: Routledge, pp. 57–67. とくに東欧諸国のLGBの権利についてO’Dwyer, Conor, 2013, “Gay Rights and Political Homophobia in Postcommunist Europe: Is There an ‘EU Effect’?” Meredith Weiss and Michael Bosia (eds.,) Global Homophobia: States, Movements, and the Politics of Oppression, Chicago: University of Chicago Press, pp. 103–26. 僕はこの2本の論文を、Ferguson, Jason, 2022, "The Great Refusal: The West, the Rest, and the New Regulations on Homosexuality,1970–2015," American Journal of Sociology, 128(3): 680-727.で知った。

技術と文化はどちらのほうが伝播しやすいか

野田又夫,1966,『デカルト』岩波書店[岩波新書].

 

 ……を読んでいて、本筋とはあまり関係のないところが印象に残った。

 

 十九世紀以来、科学理論によって指導されている技術の大きな発展があったことについては、改めてのべる必要もないでありましょう。そしてそれは、文字通り世界的な伝播を示し、民族や文化圏の相違を貫いてひろがっています。科学と技術とが伝わるさまは、キリスト教が古代末のゲルマン世界に伝わったり、仏教が中世のシナに伝えられたり、日本の古代に受け入れられたりしたさまとは、非常に違うのであります。技術の伝播はイデオロギーの伝播の場合のように説得を必要としない。それは不可避性、普遍性をもっています。ここ百年あまりの間の化学と技術との伝播は、有史以前の青銅器や鉄器の伝播に似ていると言えます。科学や技術が主にヨーロッパ文化圏に生れたからといって、アジヤの文化圏において本質的にちがった形になるということはない。全く同じ化学、同じ技術が、効果をもつのであります(pp. 182-83)。

 

したがって、科学的な世界認識を切り開いたデカルトの問題意識は、現代では世界中の人間にとって向き合うべき課題となっている……というのが著者(野田)の話だが、それはまあ置いておこう。このくだりの注釈にて参照されているのはヤスパース『歴史の起源と目標』だが、そっちは未読(「枢軸時代」の概念で有名な本だというのはさすがに知っていて、読まなきゃいけないとは思っているのだけど、絶版のうえ中古でも絶望的に高価だ。こういうのを文庫本にしてほしい)。

 技術の方が文化よりも伝播しやすいという主張なら、社会学者にも見られる。僕が思い出したのは、富永健一による一連の近代化論の著作だ。富永は「社会的-文化的領域における近代化」を「自由・平等と合理主義の精神」の発展だとみなしているが*1、やはりこれは経済や政治の近代化よりも伝播が難しいものだとされる。

 

 ……社会的-文化的領域における価値は、経済的領域にくらべればもちろんのこと、政治的領域にくらべても、伝播可能性が最も低いと考えられる。なぜならそれらは、人びとの日常生活上の習慣的で変わりにくい事柄にかかわっているからである。もちろん文化的価値の中にも、伝播可能性の高いものから低いものまでいろいろの次元がある。科学的知識やテクノロジーは最も伝播可能性が高いが、本書では、テクノロジーおよびこれに応用されたものとしての科学は、産業主義の構成要素とみなして、経済的領域に位置づけた。これとは異なって、精神文化における価値は、伝播は不可能ではないとしても困難で、またそれを受容した場合に、国内にコンフリクトを生ずる可能性が大きいと考えられる*2。

 ……西洋文明を技術面のみならず、精神面まで受け入れるとすると、じつはここに問題を生ずるのである。技術面においては、日本がはるかに後進的だったことは誰の目にも明らかだったから、西洋の進歩した技術を需要することからは、何らのコンフリクトも生まれなかった。……テクノロジーは普遍性をもっているので、伝播しやすく、また効率比較が一義的になされ得るからである。大久保利通をはじめとする明治藩閥政府の指導者たちは、西洋の技術や産業の移植に懸命であり、国民もまたそれらを受容するために熱心に努力した。これについては、問題がなかった。ところが、西洋文明の精神面を受容しようとすると、伝統日本において高度に発達してきた儒教的価値、とりわけ血縁集団としての「家」(イエ)の社会関係による拘束と、血縁集団としての「村」(自然村)の社会関係による拘束とが、これとコンフリクトする。なぜなら、これらの伝統的な社会関係は、近代西洋の自由・平等の理念と両立しないからである*3。

 

つまり、技術には必然性と普遍性があるので受容が進みやすいが、文化は別に受け入れなくてもさしあたり困ることはない(むしろ従来の生活を混乱させる)わけだから、文化の伝播は遅れがち、というわけだ。だとすると、もし価値観の世界的な収斂の傾向が見られるとすれば、それは文化が直接に伝播した結果というよりも、各社会の経済的・政治的な条件によってそれぞれの社会が独立に価値観の変化を経験した結果だという可能性を疑った方がよいことになる。例えば、資本主義がより発展したために女性の労働力が必要となり、結果として男女平等に対する意識が改善されていく、といった変化があるかもしれない。これはかなり機能主義的な説明だ。

 本当に文化は技術よりも伝播しにくいのか、ということは考えてみる必要があると思う。この命題は面白いが、いかんせん抽象的だから、そのままデータで検証するのは難しいだろう*4。組織のレベルでいえば、むしろ技術よりも文化の方が先に伝播している例もあるような気もする。例えば、何かと意識高い言葉をまねて使ってみるわりに業務は案外旧態依然のままみたいな痛い企業のことがよく馬鹿にされたりする。そういう例は、たぶん新制度主義の伝播研究でよく分析されているのだろうけど、同じような話が国レベルのようなマクロ社会学のテーマでもできるかどうかはわからない。Strang and Meyer 1993とかは問題意識が近いと思うので、その辺の論文を復習してみよう。

*1:富永健一,1990,『日本の近代化と社会変動』講談社,p. 195.

*2:同上,pp. 201-2.

*3:同上,pp. 206-7.

*4:価値観の変化が経済的変化の帰結かどうかという命題なら、割と検証しやすい。例えば、クロスナショナルな分析をやるとして、経済的条件のような諸々の変数を統制した上で、文化のグローバル化に関する独立変数がそれぞれの国における価値観の変化に影響を与えているかどうかを見てみることはできるだろう。以前読んだRoberts 2019なんかは要するにそういう論文で、彼女は一人当たりGDPではなくグローバル化の程度の方が同性愛に対する寛容さをよく説明していると論じている。

デュルケムについての覚え書き①

 ジョナサン・ハイトは社会心理学の立場からデュルケムを高く評価している。彼は、社会の捉え方としてミル的なアプローチとデュルケム的なアプローチがあるとしている。ミルの見方は個人主義的であり、リベラルやリバタリアンに通じるものだ。それに対して、デュルケムの見方はいわゆる保守主義に近い:

 

デュルケムが理想とする社会は、各々の意のままに振舞わせておけば浅はかで動物的で利己的な快楽を追い求めてしまうような諸個人を社会化し、作りかえて、ケアする、そういう互いに包含したり一部が重複したりする多数の集団から成る安定したネットワークだといえる。デュルケム的な社会というのは、自己表現よりも自己制御を、権利よりも義務を、また外部集団への関心よりも自集団への忠誠を重んじるような社会なのだといえる*1。

 

三点だけコメント:

 第一に、デュルケムの思想が保守主義寄りだというのには賛成*2。そもそも彼の社会学は、激しい政治変動を経た第三共和政のフランスに秩序を取り戻すことを目指していたと言われることもあって、その意味では「秩序と進歩」というコントのビジョンを受け継いでいるようにも見える。デュルケム自身、自分の実証主義的な「道徳の科学」(つまり社会学)が「賢明な保守的精神をわれわれに伝える」ものだと述べている*3。というのも、「道徳の科学」は既成の道徳に関するデータを帰納的に分析するものであって、また道徳的事実は「それが何かに役だつのでなければ、すなわち、何かの欲求に応ずるのでなければ、一般に持続しえないものである」。もちろん、既成の道徳が全て望ましいとは限らない。だが、たとえ望ましくない道徳的事実があったとしても、それを全て捨ててしまうのではなく修正し続けるというアプローチの方が正当だ。その修正のために、道徳の科学は役立つというわけだ──こうした書き方には、バーク流の保守主義に通じるところがあると思う。

 

 科学と道徳とを調和させるものは、道徳の科学である。これこそが、われわれに道徳的実在を尊重するように教えると同時に、これを改善する諸手段をも供するからである*4。

 

 第二に、デュルケムが諸個人を「各々の意のままに振舞わせておけば浅はかで動物的で利己的な快楽を追い求めてしまうような」ものと見ていたとすれば──おそらくその通りだろうが──これは荀子の考え方にかなり近い。

 

 礼の起源はどういう点にあるか? それを論じよう。人間は生まれつき欲望を持っていて、欲望がとげられなければどうしてもそれを追求しないわけにはいかず、追求してそこにきまった範囲の規則分別がなければどうしても争わないわけにはいかない。[こうして]争いあえば社会は混乱し、結局ゆきづまっていくことになる。古代の聖王はその社会的混乱を憎んだのである。そこで礼儀すなわち社会規範を制定して分別づけ、それによって人々の欲望を養い人々の求めを満足させ、対象物[を奪いあってその不足]のために欲望のゆきづまることが決してなく、欲望[を放任した奪いあい]のために対象物のつきてしまうことが決してないようにして、欲望とその対象物とをたがいに平均してのばすようにしたのである。これが礼の発生した起点である*5。

 

違いがあるとすれば、それは「聖王」が登場するかどうかというぐらいのものだ。荀子によれば、

 

そもそも礼儀というものは聖人の偽すなわちしわざにもとづいてできるのであって、もともと人の本性にもとづいてできるというものではないのである。[例えてみると、]もちろん陶工は粘土をこねて瓦をつくるのであるが、してみると瓦は陶工のしわざにもとづいてできるというものではない……[そうした例と同じように、]聖人は思慮を重ね多くのしわざをくりかえしたうえで、礼儀をつくりあげ法規を起すのであるから、してみると礼儀や法規というものは聖人のしわざにもとづいてできるのであって、もともと人の本性にもとづいてできるというものではないのである*6。

 

 第三に、デュルケム的な社会が「自己表現よりも自己制御を重んじる」社会なのか、というのは少し疑問だ。というのも、彼はある種の道徳的個人主義の台頭を予期し、また個人的に支持してもいたからだ。それは、『社会分業論』における「人格への崇拝」の議論やドレフュス事件の頃の論文「個人主義と知識人」などに現れている。前者においては個人主義が社会の紐帯としては不十分だとされていたが、後者においてはある種の個人主義が「集団崇拝の機能的代替物であることをはっきりと認めるようになった*7」。

*1:Haidt, Jonathan, 2008, "What Makes People Vote Republican?" (https://www.edge.org/conversation/jonathan_haidt-what-makes-people-vote-republican). この論文は、その後の名著The Righteous Mind(邦訳『社会はなぜ左と右にわかれるのか』)でも引用されている(邦訳のpp.260-70.)

*2:デュルケムの保守的傾向についての基礎文献は、折原浩,1969,「デュルケーム社会学の『保守主義』的性格」『社会学評論』19(4): 2-20.

*3:デュルケーム,2017,『社会分業論』筑摩書房,p. 75.

*4:同上,pp. 75-76.

*5:金谷治(訳注),1962,『荀子(下)』岩波書店,p. 82.

*6:同上,p. 196.

*7:作田啓一,1983,『人類の知的遺産[57] デュルケーム』pp. 61-62.

統計検定2級に合格したよ

 統計検定の2級を受けて、合格した。記憶の薄れないうちに諸々のことを記録しておこうと思う。

 

 公式サイトによれば、2級の内容は「大学基礎課程(1・2年次学部共通)で習得すべきことについて」らしい。僕はいま大学院に在学しているわけなので、いくら文系で数学をサボってたとはいえこのレベルで落ちるわけにはいかない。だから、とりあえず合格できて安心。

 勉強していて分かったのだけど、2級のレベルでは数学の知識がほとんどいらなかった。微積は高校レベル(ⅡB並)でも十分だし、線形代数に関しては全く知らなくてもよさそう。僕は統計学といえば単位を取るために中心極限定理の証明に苦戦したのを思い出すのだけど、少なくとも2級の段階ではその辺の証明とか全然理解してなくてもいい。だから、僕みたいな数学音痴でも8割取れるわけだ。

 勉強期間は2か月ぐらいで、使った教材は主に以下のものだった:

 

(1)宮本翔太,2025,『この1冊で合格! 宮本翔太の統計検定Ⓡ2級 テキスト&問題集』KADOKAWA.

 最近出たらしいテキストで、とりあえずこれを一読したあと問題を解きはじめた。タイトル通り学術っぽさはまったくなく、いかにも資格試験のテキストという感じ。また2級の試験に特化してるため、数学的な負担もほぼ皆無。

 このテキストが良いのは2級の範囲を概ね網羅していることだ(たぶん)。ちょっと探してみたところ、同じカバー率のテキストといえば公式テキスト(『統計学基礎』東京図書)しかないみたいで、その公式テキストは明らかに説明がうまくない(ついでに言えば公式問題集の解説も同様に不親切だ)。それなので、1冊で全範囲をカバーしようとするならこのテキストがいいと思う。

 もっとも、(これは好みの問題なんだけど)文字がデカくて分厚いのが個人的に好きじゃないし、持ち運びにも適していない。なので、試験が近くなってきた頃には、覚えておきたい部分だけ書き写してまとめたルーズリーフをホッチキスでまとめて持ち歩いていた。

 

(2)白砂堤津耶,2015,『例題で学ぶ 初歩からの統計学[第二版]』日本評論社.

 (1)より先に買っていたもので、こちらもかなりお世話になった。標準偏差や分散から始まり、2級で重要になる母平均・母比率などの検定の問題を例題でみっちり勉強できる。ただし、2級で頻出な母平均の差のt検定──母分散が不明かつnが小さい場合にやるもので、(4)のpp. 116-17などにも出題されている──はなぜかカバーしてないので、(1)とかで勉強しておく必要がある。

 

(3)日本統計学会(編),2021,『統計検定2級公式問題集 2018~2021年』実務教育出版.

(4)日本統計学会(編),2023,『統計検定2級公式問題集 CBT対応版』実務教育出版.

 どちらも公式問題集で、当然念入りにやっておいた方がいい。(3)収録の2021年6月の問題はえらく難しいのでやらなくていいらしい(僕はやってない)。

 

 試験対策としてやったのは以上。ちなみに有名な東大出版会の『統計学入門』(通称『赤本』?)も持ってるけど、今回の対策にはあんまり使わなかった。あと、それ以前にもRのテキスト(今井耕介『社会科学のためのデータ分析入門』とか)とかその他もろもろの統計学のテキストに触れたことはあったので、それらの知識も役に立ったと思う。でも、分散分析とか正直あんまりよく理解してなかったし、これを機に勉強できてよかった。

 次はとりあえず準1級を取ろうと思うけど、流石に数学のウエイトが増してくるだろうから、これほど簡単にはいかないだろう。線形代数とかもう覚えてないよ……。