世異則事異

大学院生 読んだ文献のメモとか

Roberts「同性愛に対する世界的な態度の変化」

Roberts, L., 2019. "Changing worldwide attitudes toward homosexuality: The influence of global and region-specific cultures, 1981–2012" Social Science Research, 80, 114-131.

 

アブストラクトの和訳:

 多くの西欧諸国においては同性愛の容認が台頭してきた。だが、世界の他部分において態度が変化したのかどうか、あるいはなぜ変化したのかということについてはあまり分かっていない。ここでは、私はこれらの問いを探究するとともに、何が世界中の態度の変化を起こすのかについての三つの諸理論の相対的な有用性を検討する。三つの諸理論とは、(1)脱産業主義テーゼ、これは存在論的安心(existential security)を主な決定因に持ってくるもの。(2)世界社会理論、これはグローバル文化の普及がもつ影響力を強調するもの。(3)複数の近代理論(multiple modernities theory)、これは地域特有の文化的プログラムの効果を指摘するもの。私は、World Values SurveyとEuropean Values Survey(1981-2012)を統合したデータに基づいて、長期的なマルチレベル・デザインを用い、同性愛の社会的受容における世界的変化をモデル化する。世界社会理論のいう通り、結果は同性愛の需要における広い世界的な発展を示していて、それは主に好意的なグローバルな文化的メッセージの普及に起因していた。この結果は、グローバル文化が集合的な態度をグローバルに形作ってきたということの強力な証拠をもたらしている──もっとも、ここでの影響力はより宗教的な諸社会においてはより小さいということも分かったが。同時に、この分析は、諸国間における態度の隔たりが拡大していることを見出し、さらに、複数の近代理論の言う通り、これが部分的には地域特殊的な文化的プログラムのせいだということも示唆する。なお、脱産業主義テーゼとは対照的に、存在論的安心は態度に変化を与えはしなかったようだ。

 

 

 

 著者の博士論文がここで紹介されていたので、同じ人が書いたもののうち手軽に読めそうなものを見てみた。これは世界各国で同性愛への態度がなぜ、どのように変化してきたのかについての論文。アブストラクトにあるように、このテーマに関する三つの仮説をデータで検証するというものだ。その三つの仮説っていうのが、イングルハートらの脱産業化理論、ジョン・メイヤーらの世界社会理論、それに「複数の近代」理論だ。前の二つの理論に基づいた論文はこのテーマだとよくあるし、イングルハート自身も同性愛についていろいろ書いたりしてたが、最後のは何だろう。「複数の近代」というのはアイゼンシュタットとかがかなり前に言い始めた話で、要するに近代化といっても各地域に根付いた土着の文化が大きくかかわるのだから色々あるだろうということだ。同性愛の問題に関してこの種の議論をするなら、例えば「ムスリム世界やサブサハラ・アフリカ、それに旧ソ連・東側ブロックにおけるエリートの文化的かつ制度的な影響力が、これらの地域における同性愛へのネガティヴな社会的態度を促進するだろう」(p. 115)ということになる。まあ、だいたい予想のつくことではある。(もっとも、イングルハートにしたってこういう土着の文化の影響力はある程度認めていたと思うんだけど)

 世界文化の影響力を分析に組み込んでいるのだけど、そのためにKOFグローバル化指数などのデータを活用している。注釈によれば、世界文化理論の研究者たちの間でこのデータはなぜかあんまり使われてないらしいけど、なかなか便利そうだね。存在論的安心を図るためのデータは、世界銀行が出してる幼児死亡率とか、主要な政治暴力事件(Major Episodes of Political Violence)データベースとかいったもの。こうしたデータ選択が妥当なものかはわかんない。「地域特殊的な文化プログラム」を考慮に入れるにあたっては、諸国を七つのグループに分けている──西側(the West:西欧および北米)、ラテンアメリカとカリブ諸国、旧ソ連・東側ブロック、ムスリム世界、サブサハラ・アフリカ、南・東南アジア、東アジア。

 ともかくこの論文は、同性愛への態度に関する研究としては必読のものだろう。ただ、もちろんこれが同性愛関係の話の全てというわけではない。社会が同性愛に寛容であることと、同性愛者にとって望ましいような法制度(パートナーシップ制度や同性婚の容認)が整備されることとは別の問題だ。ここで使われてるWVSのデータ(wave6)は2012年までのものだけど、それ以降の十年のうちに、複数の中南米諸国で同性婚の法制化が進んだ。問題は、そのうち少なからぬ国々では同性愛への肯定的な態度があまり広まっていなかったということだ──これは、同性愛にかなり寛容な社会でありながら未だに同性婚を法制化してない日本とはある意味で反対の現象でもある。市民社会の側の態度があまり変わっていない国々で、なぜ法制化が決定したのか? 解放的になった市民社会からのインプットだけが法律を変えるわけではないとしたら、他にどんな要因があるのか? 僕はいまこの問題に取り組み始めているが、たぶんこのようにWVSなどのデータを活用するのはもちろん、比較政治制度論の観点も必要になってくるのだろう。まだまだ勉強だ。